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切腹しよう、と思った。否、切腹するしかないと思った。
神乃木にとってこれは生涯唯一の命を懸けた想いだった。新撰組の隊士として剣を振るい維新志士たちを始末してきた自分が初めて味わった絶望的な恋なのだ。
(この気持ちを捨てることはできねぇ……。だったら、その始末は自分でつけねぇとな)
惚れた相手は維新志士。なんとも皮肉なことに、戦いの最中、恋に落ちてしまった。剣戟と血臭と悲鳴が満ちる宵闇の中、火花を散らし刃を交えながら、その強い意志を秘めた目に一目でやられてしまった。
そうして、寝ても覚めても意識の端に出てくるその姿に、神乃木は切腹するしかないと決めたのだ。
狂恋ともいうべきこの激情を捨て去ることなどできなかった。成歩堂を想い恋い焦がれる心は甘美な毒に満ちていて、しこりのような重く狂おしい心地で身体中を駆け巡るのだ。
だとしたら、選ぶ道は二つに一つ。――切腹して死ぬか、成歩堂への恋慕を貫くか。
(だが、相手は維新志士だ、俺は壬生浪士組を裏切ることはできねぇ)
神之木は壬生浪士組に深い恩義があった。一つは己の剣をふるう居場所を作ってくれたこと、一つは背中を預けて戦えるほどの頼もしい仲間たちを与えてくれたこと、一つは成歩堂との出会いを作ってくれたこと。それらの恩を忘れて色恋に溺れるなどできはしないし、ましてやそんな己の姿など見たくもない。
障子の外で雲が動いたのか、煌々と明るい月夜に影が差す。神乃木は与えられた室で胡坐をかき、目の前の短刀をじとりと見つめた。これで腹を裂けば、恋に殉じ、かつ、仲間を裏切らないで済む。
「介錯が欲しいところだが、まぁいい」
クク、と喉を震わせて笑う。切腹するのなら今夜が丁度いい。夕刻、攘夷志士を取り締まっていたら助けに入った成歩堂と刀を交えることができた。滅多に道場に現れない近藤と稽古することができた。土方や沖田と久方ぶりに盃を交わすことができた。おまけに、――ひどく美しい満月だ。
着物の前を乱して腹を出す。割れた腹筋が目に入り、果たして短刀ごときでこの肉を割ることが出来るのかと疑問がよぎった。短刀は太く短く、神乃木の腕ほどの長さしかない。鍛え上げた腹を裂き、死へと導くには荷が重い気がした。だが、まぁいい、と思った。深々と刺せばそのうち死は訪れるだろうし、それまでの苦痛の時間、愛する男と愛する仲間たちのことを考えるのも一興だ。
どうせなら最後に月を見ながら死にたいと思い、神乃木は障子を開いた。与えられた室は庭に面しており、こうして月明かりの中深海のような色を持つ庭先を見るのが神乃木は好きだった。巡視から戻ってくる隊士たちの気配やざわめき。この景色も煩さもこれが最後だと思うとひどく感慨深い。
(クッ……未練なんぞ残す前に、さっさと腹を掻っ捌いた方がよさそうだ)
短刀を逆手に持つと、神乃木はその先端をむき出しの腹に押し当てた。死ぬ覚悟など壬生浪士組に入った時から出来ていたので今更死ぬことへの恐怖など何もない。ぐっと腕に力を込めようとした時、怒声と共に何かがぶつかってきた。
「荘龍っ、お前、何してやがんだっ!」
神乃木の身体を押し倒して入ってきた者はそのまま短刀を奪い取り、遠く手の届かない庭先へと放り投げる。見れば珍しく感情をあらわにした土方だった。
「酒を呑んでる時から様子がおかしいと思って来てみりゃあ、馬鹿な真似しやがって」
酔いのせいで少しだけ呂律の回らない声で怒鳴り、土方は怒りに満ちた顔で神乃木を睨みつけた。酔いつぶしたはずの友の姿に神乃木はため息も出ない。こうやって止められると分かっていたから、一人で介錯もなしに腹を切ろうとしたというのに――。
「邪魔をするな、歳三。こうでもしねぇとみぶろへの恩義が果たせねぇのさ」
「うるせぇ! おい、総司、みんなを呼んでこい! この馬鹿の目ぇ覚まさせてやれ!」
庭先に裸足で降りて短刀を拾っていた沖田は土方の言葉にはいはいとうなずいて、次々に部屋を暴き「荘龍さんが切腹しようとしてますよー」「あの志士のために腹を切ろうとしてますよー」などとどこか抜けた声で隊士たちを起こして回った。
何をいう、沖田。神乃木さんが切腹だと。成歩堂とかいう志士のせいか。そんなことはさせねぇ。声の中に近藤のそれも交じっていて、神乃木はくそ、とらしくなく毒づいてその場に座り込んだ。そんな神乃木の前に土方もまた胡坐をかいて座る。じっと睨み合っていると次から次に隊士たちが集まってきて、二人を取り囲んだ。そうして最後に近藤と沖田が姿を見せ、神乃木の部屋は人でごった返し窮屈なほど密集してしまった。
「荘龍、どうして切腹なぞしようとしたんだ?」
ふてくされたように眉を寄せる神乃木に近藤は穏やかに問うた。理由などこの場にいる誰もが知っている。壬生浪士組と想い人とのはざまで苦しむ神乃木を皆が知っていた。いつもふてぶてしい笑みで近藤たちの横に並び立ち、ひとたび剣を握れば味方のために獅子奮迅の働きをする神乃木が、初めて見せた苦悩の姿が成歩堂への恋慕だった。
「……知っているだろう、勇。俺は壬生浪士組発足時からの隊士だってぇのに、維新志士なんぞに惚れちまった。どんなに殺そうとしてもこの感情だけはどうにもできねぇ。だから潔く腹を切る。切るべきだ」
壬生浪士組への忠義。成歩堂への恋慕。二つが同じ比重だからこそ、神之木はどちらを捨てることもどちらを選ぶこともできない。
「俺は、勇、あんたが好きだ。歳三や総司、サンナンさん、隊士の皆も好きで、大切で、家族のように思っている。なのに、そことは全く違う部分であの男に惚れてしまった。……俺には、どうすることも、できねぇ」
切腹するしかない、と、いまだに思う。近藤も土方もこれで納得してくれるだろう、切腹の作法などどうでもいいが、正式にもう一度腹を切る機会を与えてくれるならば介錯はこの二人に任せたいと思い、神乃木は深く眉を寄せて頭を垂れた。
「……荘龍、我ら壬生浪士組の旗印、知っているな?」
どれだけの沈黙が過ぎただろう。しばらくのち近藤が低くうなりながら問いかけた。
隊旗は茜色に『誠』の文字を染め抜いたものだ。だんだらの入ったそれは目にも鮮やかで、壬生浪士組の象徴でもあった。
「そこまで『誠』の想いなら突き進んでみろ」
近藤の一言に、そうだそうだと周囲の隊士たちから合いの手が入る。強引に口説けばいいだとか無理やり押し倒せばいいとか成歩堂攻略を声高に言い合い、どこからか沖田が持ってきた徳利にじかに口をつけて酒を呑む。
気が付けば酒宴が始まっていて神乃木は目を細めクツクツと笑った。切腹しようと着物を開いた腹がぶるぶると動き、切られなくて済んだと喜んでいるようだった。死へ向かい張りつめた空気が近藤の言葉一つで酒盛りに変貌する。
「荘龍」
盃を放り投げられ、反射的に受け止める。朱塗りのそれになみなみと酒を注ぎ、土方はにやりとたちの悪い笑みで神乃木を見やった。
「お前が誰に惚れてようと俺たちは気にしねぇ、だが、そんなことで死ぬな。死ぬのは一度限りじゃねぇか、いつだって腹ぁ切れる。だったら」
死ぬ気でモノにしてみろ。
背中を押す力強い声に、ついにクツクツという笑いが大きなそれに変わった。神乃木らしくない哄笑に周囲の隊士たちは驚いて目を丸くしたが、すぐにつられて一緒に笑い出した。
(ああ、腹切る勢いでモノにしてみるぜ)
神乃木は覚悟を決め、こぼれそうな酒をぐいと一息にあおった。
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ってことで、新撰組パロ。
個人的に、土方さんとか近藤さんとか出せたのが嬉しくて。
それから、隊士たちを起こす沖田さんがなんとなくおとぼけ感があって楽しかったです。
うん、それと、神乃木さんがみんなに好かれていて、よかったですvv
タイトルのおいかけっこはアレです、モノにするために追う神乃木さんと追われるなるほどくんのこと。ということにしといてください;