「かっこいいと思わないかい、僕のゴドーさんってば」
　事務所の扉越しに聞こえた成歩堂の声に、私はノックをしようと持ち上げた手を止めた。
「あれ？　でも前は、僕の御剣すごいだろーって言ってなかったっけ、なるほどくん」
　この声は真宵くんだろうか。相も変わらず依頼人のいないココで、二人仲良くおしゃべりに興じているようだ。
「んーでもねぇ、御剣、恩返しさせても弱いんだよ」
「それはまだなるほどくんに心を開いてないからだよ！　なついちゃえばきっともっとすごいって！」
　どうやら、成歩堂は私との関係に行き詰まりを覚えているようだ。
　フォローしているらしき真宵くんに内心声援を送りながら、私はじっと中から聞こえる会話に耳を澄ませた。
「でも、ゴドーさんの逆鱗、すごいし。御剣はもうダメかなー」
　あっさりとゴドー検事に鞍替えする成歩堂の発言に、ガンと殴られたような衝撃が走る。
（わ、私と別れたいと言うのか……ッ）
「そういえば、ハミちゃん往復ビンタ覚えたでしょ」
「え？　そうなの？　僕、ゴドーさんにばっかり集中してて、チェックしてないや」
　ごめんね、と首をかしげる様子が脳裏に浮かぶ。いつも私に見せる、くつろいだ顔つきで。
　扉一枚隔てた向こう側で、成歩堂がどんな仕草や表情を思い浮かべることができる。
　それほどまでに親しく付き合っているというのに、成歩堂は簡単に私と別れるつもりなのだ。
「あ、そういえばアタシ、潮吹きできるんだよ」
「へーじゃあ、僕のと交配してみる？　卵作って生んじゃったら強い子が出来そうだね」
　挙句の果てに、昼日中の事務所だというのに卑猥な会話まで始まった。
　潮吹きやら、交配やら、卵やら、成人男性が十代の女性に言う言葉ではない。
（な、成歩堂、それほどまでにキミは私に不満があったのか……ッ）
　落ち込む私をよそに、淫猥な会話はまだまだ続く。
「なるほどくん、アタシ、なるほどくんの命の玉ほしいなぁ」
「それじゃ僕は、真宵ちゃんの神秘のシズクが欲しいな」
　ついには耐え切れなくなり、私はノックもせず激情のまま事務所の扉を開け放った。
「異議あり！　そ、そのような行為、断じて認められぬッ！！」
　バン、と壁に当たって大きな音を立てる扉。その向こうにあったのは――。
「あ、みつるぎ検事だー。こんにちは」
「なんだ、いきなり。相変わらず変なヤツだな、御剣」
　小さな携帯ゲームを手に向かい合う、成歩堂と真宵くんの姿だった。
「交配とか、色々と聞こえたのだ……が……？」
　衣服をきちんと身にまとって、明るい笑顔を浮かべる二人には、どこにも淫らな雰囲気は感じられない。
　耳に届いた会話と、今目にする光景との差に戸惑っていると、真宵くんはゲームの表示画面を見えるように向けてきた。
「見てください、アタシのポケモン、やっと『潮吹き』覚えたんですよ。それで、なるほどくんのオスと交配して卵生ませようかって話になっちゃって」
「それで今、お互いのポケモンに『命の玉』とか荷物持たせて通信で送りあってたところなんだよ、御剣。……で、お前は何を誤解したのかなー？」
　成歩堂は笑っているのに目だけは怒りに燃えている。
　ニッコリと微笑みながらゆらりと近づいてくる姿に恐怖すら感じ、私は慌てて頭を下げて素直に謝罪した。
「す、すまないッ。ゴドー検事がどうの、真宵くんがどうの聞こえたせいで、キミの浮気やらを疑っていた」
「……馬鹿らしいったらありゃしないよ」
　成歩堂は握りこぶしでポンと私の胸を叩くと、あきれた風に目を細めて首を振った。
「おわびに、今日の夕食は御剣のオゴリだからな。真宵ちゃん、塩ラーメン食べに行くよ、食べ放題だからね」
「やったぁー！」
　背広を羽織る成歩堂と喜ぶ真宵くんにぎごちなく笑い返し。
　さて、ぽけもんとは何だろうと私は心の中で小さくつぶやいた。



※『恩返し』『潮吹き』『往復ビンタ』『逆鱗』…技のひとつです。
※『命の玉』『神秘のシズク』…アイテムのひとつです。

いやー、たまたま『ハミちゃん』と名づけた子が、『往復ビンタ』を覚えた時には噴き出しちゃいましたｖ

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