庭に一本だけ咲いていたひまわりを見て、あれは夏しか咲かない花だ、と言うと、龍一は少しだけ目を揺らした。
「吞田さんってばムードがないなぁ」
「うるせぇよ、お前が言うな」
手にしていた団扇でパンと龍一の背中をたたき、俺はごろりと縁側に横になった。
座布団を二つ折りにして枕にし、庭先のひまわりに目を向ける。夕暮れ時に降った雨のせいで風が甘く濡れていて、心地よい風情にまぶたが少し重くなった。
(今日は龍一に付き合いすぎて疲れたぜ)
龍一は『田舎』というものが初めてだったらしい。
田んぼのあぜ道。飛び交うとんぼの群れ。舗装されていない道路の水たまりに写る、大きな入道雲。
その一つ一つに明るい顔をさらに明るくして喜んでくれた。
帰省に合わせて一緒に来るかと誘ったものの、ここまで楽しんでくれるとは思わなかったのが正直なところだ。
詳しくは聞いたことがないが、龍一はあまり恵まれた育ち方をしていなかったらしい。
だから『故郷』という言葉がぴったりな俺の生まれ育った場所を知って、俺の祖父母から受ける甘い疑似体験に喜んでくれたのだ。
「呑田さん、せっかくおばあちゃんが持ってきてくれたのに、寝ちゃったらアイス溶けますよ」
俺の頭付近に腰を落ち着けた龍一がゆさと肩を揺さぶる。
風呂上りに食べなさい、と祖母が丸盆に乗せたアイスは二つに折るタイプのもので。
呑田さんは長い方食べて下さい、と、龍一はへたのついていない短いものを口にくわえている。
カラリ、と麦茶を入れたグラスの中で、氷が音を立てた。
少しだけ流れる風が風鈴を揺らして、そこでも涼しげな音が届く。
「ああ、お前、ブドウ好きだろ。俺のアイスも食っていいぞ」
遠くでは祖母が夕食の用意をしてくれているのだろう、茶碗の音。
近くでは天からのめぐみ、雨水を受けた虫たちのお礼の歌声。
大学やら都会で決して聞くことのないいくつもの音色に耳を澄ます。
「呑田さん、蚊取り線香の匂いって、ホント、お線香みたいな匂いがするんですね」
目を閉じていると、龍一の声もすぐそばでささやかれているように聞こえた。
「お風呂に下駄履いて入るなんて初めて尽くしでしたよ、呑田さん」
頭が少し持ち上がって、そして、柔らかなものの上に乗せられる。
「呑田さん、井戸の水ってあんなに喉にしみこむ味をしているんですね」
頭の皮膚ににじむように伝わってくるのは暖かな体温で、俺はこの心地よさを壊さまいと眠ったふりをした。
「ちっちゃいお祭りだったけど人が少なくて楽しかったです、呑田さん」
指がこめかみにあてられて、風呂上りの濡れた髪をそっと梳く。
龍一らしく気遣いに満ちた触れ方になぜだか胸が切なくなった。
「今日の思い出が、呑田さんと一緒でよかった」
それはきっと、まるで噛みしめるようにつぶやく龍一の言葉のせいだ。
こいつがどんな生まれでどんな育ち方をしてきたかなんて知らない。
龍一は過去を決して口にしないし、俺もまたそれを無理にでも聞き出そうと思っていないからだ。
(だが、きっと……)
幸福と呼べるものではなかったはずだ。
少なくとも、龍一にとっては、幸福ではなかったはずだ。
俺にとって当たり前のように甘受してきた時間が、けれど龍一にとってかけがえのないひと時であるということが、その事実を雄弁に物語る。
「また、来年も来たいな」
龍一の声が震えた。俺の頭に触れる指も震える。
かすかに聞こえる嗚咽は、虫たちの鳴き声でかすんでしまう。
なぜ泣くのだろう。俺はそばにいる。
龍一のそばに、ずっといる。
(来年だって、再来年だって、お前が望むのなら)
リン、と遠い頭上で風鈴が揺れた。
それがなぜか弔いの音色に思えて――俺まで泣きたくなった。
あれ。これってノンナルですか。
えーと時期的にちょうど夏なので、こんなお話はどうかしらと書いたんですけど。
ほのぼのがなぜだか切な系っぽくなっちゃいました。すみません。
でもリクエストうれしかったです!またどうぞ、求めて下さいv 根こそぎ与えちゃいますvv
ちなみにこちら、まんま、ひま/わりという曲を聴きながら書きました。福/山さんの曲なのですが、とてもいい曲なのでおすすめです~vv
それでは、また小ネタ作りがんばります~~v
みんな、オラに萌えおパワーを与えてくれ!ということで。おそまつさまでしたv
[2回]
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