「恋人をね、殺されたからさ」
彼女はそう言うと、不敵な笑みを浮かべてみせた。
「だから、飼い殺しにしたのよ。あの人を奪われた私のつらさを、あの男にも味あわせてやろうと思ってね」
唇が弧を描いてみても、彼女の瞳は暗い影に満ちていて、決して『笑顔』には見えなかった。
私の知る『笑顔』は、明るくまぶしい、太陽のようなあの男のそれで。
彼女が浮かべる表情とは似ても似つかなかったからだ。
「そして、殺されそうになり、抵抗したあげくに殺してしまった……ということか」
調書に取られることは分かっているだろうに、彼女はつらつらと己の素の感情をあらわにする。法廷で証言をする善意の第三者から、一気に犯人へと立場が変わったというのに豪胆な女性だ。
「そうよ。私から、かつみくんを奪った。その報いを与えた結果がコレってわけさ」
死した恋人の名前を言う時だけ、能面のような作られた顔に変化が見える。成歩堂ならば、そこでいくつか揺さぶりをかけて真実の顔を導くのだろうが、犯罪を認め犯行も明らかにしている彼女から無理やり何かを暴くことは酷に思え、私はカツカツと爪の先で机を叩いた。
「けれどそれは数年も前のことなのだろう? それでも、か」
「検事さんは、誰かを愛した経験はあって?」
まるで覚えの悪い子供に話しかける口調で、彼女は問いかけを投げつけた。
「……ム」
問いかけに揺さぶられ、脳裏を彼の姿がよぎる。
人を信頼し愛したことのない私に、真実の想いを教えてくれた男だ。彼がいなければ、私はいまだにあの密室の悪夢にとらわれたままになっていただろう。
「そう。経験があるのなら分かるでしょう、私の苦しみが」
私の表情から何かしら読み取ったのか、彼女はゆるく首を振った。
「絶望は絶望のまま染み付くのよ。擦っても擦っても落ちない汚れ。どんどん広がって侵食して、最後には覆い尽くされる。決して――消えることはない」
もしも成歩堂を失ったら。
そう考えかけ、私は自らの考えを振り払った。そんなことは考えられない。考えたくもない。
「……不可抗力でも殺すなんて、もったいないことをしたわ。死ぬまで飼い殺すつもりだったのに」
姫神はゆっくりとまぶたを閉じる。物騒な言葉を口にしているというのに、その横顔はとても静かだった。
狂気に近いほどの憎悪。悲しみ。もしも彼女が恋人の復讐をしようと思うのなら、確かに一息で楽にはしてもらえないだろう。生かさず殺さず、死よりもつらい屈辱を与え続けて。
「亡くなった恋人はアナタのそんな姿を見たくはなかっただろう、……少なくとも私の恋人であれば私の復讐を悲しむ」
小さく言葉を落とすと、姫神は無言のまま首を振った。かすかに唇が動き、分かっているわ、とつぶやいた。
復讐すべき相手を失った絶望はどこへ向かうのだろうか。彼女はこのままくすぶる悲しみを抱きながら生きるのだろうか。
そう思うとどうにも息苦しく、私は喉元のクラバットに手を伸ばした。
こんな感じに仕上がっちゃいましたー。
えぇと、確か、姫神サクラさんのお話。だった。と思う。
や、最後あたりに出てきた、一瞬の回想シーンが気になって。
更には飼い殺ししてたニュアンスがすごいと思って。
うん、おっけー。文が劣化してる。わかってる。努力します。
[8回]
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